昨年、音楽をこよなく愛する大切な友人の節目を音楽漬けでお祝いする趣旨のバースデーライブを企画し、腕に覚えのある仲間たちに連絡をして、忙しいスケジュールを調整しながら、リハーサルという名の金沢合宿を重ね、もちろん私も演奏で参加をして、その準備期間は数週間に及び、最初はどうなることかと思えたバンドも少しずつ一体感が形成されて行き、本番前日にはワクワクしていた。
この年齢になって音楽に没頭できた時間は、私にとっても掛け替えの無い日々であったし、いつか呂宋助左衛門を描いた大河ドラマ「黄金の日日」のような話にまとめてみたい。
パーティーの当日、ライブ本番は大勢のオーディエンスを迎え、想像以上に盛り上がり、無事に幕をおろしたと思っていたところ、ライブの最後の瞬間に、主役から「今回の御礼」というアナウンスと共に私の娘がサプライズで登場し、彼女が「スタンド・バイ・ミー」のベースを弾いて全員で歌うというイベントが用意されていた。私は全く知らされていなかったので本気でビックリして何度も歌っていたはずの曲なのに歌詞が飛んでしまった。
友人は、リハーサルの時に何度か遊びに来ていた娘と共謀し、私の知らないところで密かに練習していたらしい。
彼女はあの有名でシンプルなベースラインをキッチリとリズムをキープしながら、最後までブレる事なく演奏し、エンディングまでパーフェクトに弾き切った。
彼女の演奏をサポートしてくれた優しいバンドメンバー、CENTRALの中野たいじ氏、なにわのビリー・ジョエルことKENJIRO氏、銭屋の髙木慎一朗氏、たけちゃん、さいちゃんには心から感謝している。
このサプライズにより、どっちが祝われる側なのか分からなくなるほどで、そんな驚きも嬉しさも初めての経験だった。このサプライズを仕掛けた友というのは、孫泰蔵氏のことである。
それが、昨年杪夏の出来事だった。
それから暫くして、劇伴作曲家の林ゆうきさんが家族で金沢に遊びに来てくれた。娘は林さんが音楽を担当しているアニメ「ハイキュー!」のファンで、以前にも貴重なグッズを山ほど送って下さった事もあって、諸々の御礼も兼ねてライブ会場でもあった金沢のA_RESTAURANTで食事をご一緒した。
それが、ちょうど去年の蟹漁が解禁された頃の出来事だった。
話は遡るが、私は林ゆうきさんのお父上とは、二十代そこそこの音楽家として駆け出しの頃、1990年に大分県上津江村のサーキット場開業の仕事で知り合い、その仕事が終了した後でも声をかけて頂き、業界の作法から世渡りの事まで、とてもお世話になった。あれから三十年以上が経ち、今でもたまにお会いするお師匠さんのような方であるが、未だに何をしている方なのか謎の人物であり、私は京都の怪人だと思っている。その息子さんである林ゆうきさんとは数年前に知り合い、ご縁というのは不思議なものである。
食事の際に「実は、この場所で娘が初めて演奏をした」という話をすると「来年、映画版ハイキュー!の劇伴を担当する予定だから、良かったらベースを弾きに来ない?」と声をかけて頂いた。なんとも恐ろしい展開だ。娘は即答で「やりたい!」とは言ったものの、スタンド・バイ・ミーのリフしか弾けないだろうし、と頭を過ったものの、社交辞令か話の流れだろうと思っていた。
それから約一年が経ち、忘れていたわけでは無かったものの、本当にレコーディングの連絡があった。
義理堅く、なんという粋な計らいだろうか。
そしてその翌週、曲が出来たとの事で、音源データと譜面が届いた。
ちょうど中学校の期末テストの時期であり、おまけにインフルエンザに罹患してしまい1週間ほど体調が悪く、ロクに練習も出来ない状況だったのだが、娘に曲を聴かせると「うん、いける」と自信満々だった。どこからその余裕が出てくるのか、さすが我が娘と称えるべきなのか、彼女は幼い頃から妙に肝っ玉の座ったところがあり、手のかからない子だったし、好きなことへの好奇心と集中力は、大したもんだと思う。
そしてレコーディング当日、初の親子ふたり旅で指定された東京のレコーディング・スタジオに向かった。私はローディーとして楽器を背負い、北陸新幹線に乗った。
レコーディングで使う楽器はルシアーの北出斎太郎が製作するSingular B1/Mを選んだ。これは彼女が昨年のライブでも使ったベースで、サスティンが長く安定して出音が良く、とてもバランスの良い楽器だ。なにしろルックスもカッコ良い。
スタジオに到着し、アニマティックを見せてもらいながら、映像に合わせて演奏する。こんな体験は初めてだろうけど、初のレコーディングが劇伴という特殊な状況の中、フレットも見ずに映像を見ながら淡々と弾いていた。私が同じ年齢で同じ状況だったら、どうだっただろうか?
他人に話すと「この親にして、この子あり」と言われるので、私もそのように見られているのかもしれない。
初めてのレコーディングは、とてもシンプルなフレーズを用意して下さった事もあり、3テイク程度でOKが出て、無事に終了した。
林ゆうきさん、ありがとうございました。
そして、きっかけとなったバースデーライブの主役である孫泰蔵さん、改めておめでとう。そして、ありがとう。
【レコーディング終了後のご褒美に記念写真】
「親でも友人でも使えるコネは何でも使え」というのが私の信条であり、娘にも幼い頃からそう言ってきたつもりだ。私はコネというのは何も悪いことだとは考えていない。コネというのは「繋がり」や「人間関係」を意味する言葉で、コネを活用することで、キャリアの機会を広げたり、新たなプロジェクトや取引のチャンスを見つけたりする上で、非常に重要なのだ。そして、コネを活用するには普段からの関係が無くては成り立たない。この世はコネで回っていると言っても過言ではないだろう。
むしろ、コネの無い人物は信用しない方が良い。
私にとって掛け替えの無い時間の流れで出来た関係を、それを彼女が使って掛け替えの無い経験を手にする事が出来たというだけで私にとってはこの上ない喜びであるし、そうして少しずつ世の中の事を学んで、独自の世界を創って行って欲しい。
愛する娘よ、おつかれちゃん。
ちなみに、その映画は2024年2月16日公開
劇場版「ハイキュー!」の冒頭シーンだそうなので、劇場にて正座して行儀よく鑑賞しよう。